同じものは一つとしてない。使い込むほどに増していく深みと艶を楽しむ「木のめがね」への挑戦。メガネの聖地・福井県鯖江市からその魅力を発信する【工房 樹】ウッドフレーム作家 角野 裁雄さん特集
1本1本を手作業で仕上げるからこそ可能にした緻密なデザインと強度
エスダムスメディアJAPANでは「ベンチャー・女性の活躍・地方活性化」をキーワードとした特集記事を配信しています。今回のテーマは「ベンチャー・地方活性化」です。
メガネの聖地として知られる福井県鯖江市。多くの眼鏡工場が集まるこの地で、既製のメガネフレームとは一線を画した、世界にたったひとつしかない「木のめがね」を作り続ける角野さん。使い込まれた機械が所狭しと配置された工房にて、「木のめがね」への情熱を取材させていただきました。





専用の機械が並ぶ工房には、角野さんがデザインし製作した「木のめがね」がずらりと並んでいます。
【工房 樹】公式サイト http://koubou-tatsuki.com/ (外部リンク)
■プロフィール
工房 樹(こうぼう たつき) 代表 角野 裁雄(かくの たつお)さん
福井県大野市出身、在住。高校卒業後、鯖江市の眼鏡メーカーに勤務した後、「木のめがね」の可能性を感じ、【工房 樹】を設立。フレームとなる木の選定・デザインから製造まで、全てを角野さん自身が行う。

【工房 樹】角野 裁雄さん
メガネの聖地、鯖江で眼鏡産業に携わり続ける角野さん。ターニングポイントを経て独立、「木のめがね」の作り手に
鯖江市は日本に流通しているメガネの9割以上を生産する、一大メガネ産業地帯です。鯖江を拠点に展開するメガネブランドも複数あり、技術力の高さやデザインなどで特別な支持を得ています。そんな聖地で約13年にわたり「木のめがね」を製作・販売する角野氏。以前は同市の眼鏡メーカーに勤務し、メガネの試作品の製作を担当し、量産されるメガネの品質確保に貢献していました。「木のめがね」はその当時、試作品を依頼されて製作したのが出会い。ウッドフレームの可能性を感じたのがこの頃でした。
そうして確かな経験と技術を習得していくなか、中国メーカーの低価格フレームの流通や国内における格安メガネ店の増加により、鯖江の高品質な眼鏡産業が打撃を受けるようになっていきました。その影響を受け角野さんの勤務していた眼鏡メーカーも廃業することに。
「メガネを作る仕事をやめ、違う仕事をするしかないのか」と考えていたとき、以前「木のめがね」を製作したことを思い出し、廃業前の眼鏡工場で試作品を製作。自分の好きなデザインで、自分が良いと思うメガネを作ってみようという思いでした。かけ心地や強度、デザイン…「これならいける」そう確信した瞬間でした。興味を持ってくれる方もいたことから、眼鏡工場で使用されていた機械を買い取り、【工房 樹】を立ち上げました。角野さんの「作り手」としての転機を引き寄せた、初代の「木のめがね」は今でも角野さんが大切に愛用されています。
―「木のめがね」の特徴を教えてください。
角野さん)
冬の朝、起きてまずメガネをかけたとき、メタルやプラスチックなどメガネフレームの主流の素材はひんやり冷たいですが、木は冷たくありません。熱伝導率が高いのでむしろ温かい。また、木は伐採してから100年経つと本当の強度が出ると言われています。時間が経ち乾燥していくことにより硬く強くなります。普通のメガネフレームは経年劣化により、金属のものならメッキ(金属の薄膜をコーティングしたもの)がはげたり、プラスチックのものなら変色が起こったり強度が落ちてきたりしますが、木にはそれがありません。むしろだんだん強くなっていくんです。長年使い込むことで皮脂がしみ込んで色が変わっていきますが、それが深みと艶になり、ひとつひとつのメガネの表情・変化を楽しむことができます。
また、木は軽いことから、ボリュームのある太めのフレームデザインでもかけ心地が良いのが特徴です。メガネの正面部分のフロントパーツと、耳にかかるテンプルと呼ばれる場所をつないでいる部分がバネ蝶番になっているので、顔の大きさが違っても柔らかいテンションでかけられるようになっています。
―デザインから角野さんが作っていらっしゃるんですか?また、1本のメガネを作るのにどれくらいの時間を要しますか?
角野さん)
木の選定・フレームデザインから製造まで全て一人で行っています。デザインでも何でも、「絶対普通のメガネに負けないものを作ってやろう」と思ってやっています。格好良いなと思うメガネからアイデアをもらうこともあります。また、1本のメガネを作るには、簡単なもので丸2日、凝ったデザインになると5日ほど要します。木のメガネは他社でも作っているところはありますが、「こういうデザインは木のメガネでは普通やらない」と言われることもまずやってみるのが信条です。かけ心地も含め細部までこだわりを持って1本1本作っています。

作業段階の木材。ここからメガネフレームが切り出される。
―メガネを製作するときに気を付けていることはありますか?
角野さん)
「木のめがね」は折ろうと思えば100%折れるものなので、できるだけそうならないように作るようにしています。また、使用していて折れてしまった時は無償で直しています。木材用の接着剤はとても強度が高く、木の目と木の目を一度付けたところは折れません。なぜか何回も折る人もいるんです(笑)。それでも何度でも直します。一生ものでかけてもらえればそれでいいなと思っています。
―メガネフレームに適した木の種類を教えてください。
角野さん)
木の種類はたくさんありますが、強度が何より大事です。柔らかいとフレームにしても割れてしまうので、気乾比重(木材の硬さや強度を表す基準のひとつ)が0.5以上のものがメガネに適しています。リグナムバイタという木が気乾比重1.28で世界一重い木材として知られており、耐久性に優れています。スネイクウッドという木は名前の通り蛇の柄に見えることから、ステッキやパイプなどに使われ丈夫で高価な木材です。綺麗に柄が見えるものほど高値が付けられます。他にもオニグルミ、ヤマザクラ、カキノキ、パープルハート、コクタンなど、様々な特徴をもった木を使用し、丈夫かつデザインが楽しめるものをフレームに選んでいます。木の柄や色味とフレームデザインが合わさることで、一点もののメガネが完成します。どんな木も紫外線により焼けて色が変わってくるし、強度も変わります。そこが面白いところ。かけ心地はもちろん、使い込むことで変化する「木のめがね」を楽しんでいただきたいです。
木材販売会社から「この木を使ってメガネを作ってほしい」という問い合わせがくることもあります。依頼を受けたひとつに能登ヒバがあります。ヒバは気乾比重が0.41と低く、そのままメガネフレームにするのは強度に不安がありますが、依頼のあったフルタニランバーという会社は、他社で圧縮して強度を上げた能登ヒバを販売していました。能登ヒバに含まれるヒノキチオールは強力な防腐・殺菌作用があり香りも良く、地域材を積極的に活用し新しいものを生み出していて面白いなと感じました。
【木材図鑑】 https://wp1.fuchu.jp/~kagu/mokuzai/ (外部リンク)

木の種類により、様々な柄や色味が楽しめる。
―購入方法を教えてください。
角野さん)
工房に来ていただいて購入することができます。またホームページからも購入できます。直接手に取って、かけてみて選ばれるお客様が多いですね。北海道から沖縄まで、日本全国からはるばる買いにきてくださる方もいるので、様々な方との出会いがあるのもこの仕事の魅力です。お客様によっては、プラスチックフレームのメガネを持ち込まれて「このデザインのイメージで木のめがねを作ってほしい」という依頼を受けることもあります。ホームページから購入されるお客様には、お好きなデザインのものを何本か郵送し、その中で気に入ったものを選んでいただきます。まずかけて自分に合うものを選んでもらうことが大切です。気に入るものがなければまた別のデザインのものを送らせていただき、お客様が納得のいくものを見つけるまで、とことんお付き合いします。
―今後の展望をお聞かせください。
角野さん)
現在、葬儀用の「木のめがね」の注文を受けており、その製作が本格化しています。依頼をいただいた当初は正直抵抗がありましたが、「メガネを愛用されていた方にかけさせてあげたい」、「メガネをかけることで、これからの行先が見えるようにしてあげたい」という遺族の想いを形にしたものであることに今は共感しています。メガネをかけたまま火葬できるよう、接合部などの部品もすべて木でできているメガネです。フレーム側面にメッセージを入れることもできるようになっています。日本では年間約100万人の人が亡くなっており、またメガネを愛用されていた方もたくさんいるので、人生を共にしたメガネを、最後まで共に過ごせるように私も力になれればと製作しています。今後はこちらの製作と並行して、【工房 樹】の「木のめがね」が欲しい!と言って来てくれる方のために、一点ものの「木のめがね」を製作していきたいと思っています。

葬儀用の「木のめがね」。パーツは全て木でできており、メガネを愛用されていた方のために角野さんは製作に力を注いでいます。
【工房 樹】
代表:角野 裁雄
住所:福井県鯖江市御幸町1-3-16 旧滝波メッキ1F
TEL:0778-52-7082
営業時間:8:00~17:00
定休日:日・祝
事業内容:オリジナルデザインのウッドフレームメガネの製作、販売
■編集後記
取材時、こちらの質問に対しいろいろなメガネを見せていただきながら、ひとつひとつ丁寧に説明してくださる姿勢が印象的だった角野さん。お客様に販売して終わり、ではなく、人との出会いを大切にし、「木のめがね」がその人の人生を共にするかけがえのないものになるよう、一切妥協することなく製作に取り組まれていることが伝わってきました。工房を訪れたお客様は、「自分だけ」の特別なメガネを角野さんに作ってもらえることを幸せに感じながら工房を後にするのだろう…そんなことを考えながら、筆者も幸せな気分で取材させていただきました。「木のめがね」の温かいかけ心地は、角野さんの温もりのある手仕事で作られていました。
■ライタープロフィール
サチコ(石川県金沢市在住)
製薬会社で営業として勤務した後、専業主婦として生活する。2児の母。自分の知る世界とは違う景色を見たいと思いエスダムスメディアJAPANに加入。個性的で魅力的な仲間に刺激を受けながらライター業の面白さ、難しさを体感中。でもSNSは未だに使いこなせない。
会社概要
代表者:山口 貴子
所在地:石川県金沢市森山1-2-1 FW202
業種:サービス業—PR業務
電話番号:050-3204-0372
関連URL
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